
少子高齢化が進む日本では、介護が多くの人にとって身近な課題となりつつあります。職場でも、家族の介護を担いながら働く従業員が増え、日々の業務との両立に悩むケースが目立ち始めています。
こうした状況の中で、支援が得られずに仕事を辞めざるを得ない「介護離職」も社会的な問題となっており、企業にとっては人材の損失、本人にとってはキャリアの中断という深刻な影響をもたらします。
介護は、ある日突然始まることもあれば、少しずつ負担が増えていくこともあります。
身体的なサポートだけでなく、精神的な支えも必要になる中で、仕事と介護を両立できるよう、職場全体で支援体制を整えることが求められています。
この記事では、職場に介護をしている人がいる場合、同僚、上司、部下のそれぞれの立場からどのようなサポートができるのか、具体的な方法や心構えについて詳しく解説します。
同僚としてできること:共感と理解、そして具体的な協力

同僚は、介護をしている従業員にとって最も身近な存在であり、日々の業務の中で直接的にサポートできる機会が多くあります。共感と理解を基本に、具体的な行動で支えましょう。
1. 介護への理解を深める
介護をしている同僚の中には、周囲に知られたくない、あるいは迷惑をかけたくないという思いから、その事実を隠しているケースも少なくありません。まずは、介護が特別なことではなく、誰もが直面しうる人生のフェーズであることを理解し、偏見なく受け入れる姿勢が大切です。
- 介護の現状を知る
高齢化社会における介護の現状や、介護者の負担について一般的な知識を持つことで、同僚が置かれている状況をより深く理解できます。介護保険制度や介護サービスの種類など、基本的な情報を知っておくことも役立ちます。
- 「もし自分だったら」と想像する
自分自身が介護をすることになったら、どのような気持ちになるか、どのような困難に直面するかを想像してみましょう。そうすることで、同僚の抱える不安や葛藤をより具体的に理解し、共感することができます。
- 安易なアドバイスは避ける
介護経験がない場合、よかれと思って安易なアドバイスをしてしまいがちですが、介護の状況は家庭ごとに全く異なります。相手の状況をよく聞かずに意見を押し付けたり、無責任な励ましをしたりすることは避けましょう。
2. 傾聴と声かけ
同僚が介護をしているとわかったら、まずは心に寄り添い、話を聞く姿勢を示しましょう。
- 「何か困っていることはない?」と優しく声かけをする
直接的に「介護で大変?」と聞くのではなく、あくまで相手の状況を気遣う姿勢で尋ねるのが良いでしょう。「最近、疲れてない?」「顔色が優れないけど、何かあった?」など、体調や様子の変化に気づいて声をかけるのも有効です。
- 相手が話したいときに話を聞く
介護の状況はデリケートなため、無理に聞き出そうとせず、相手が話したいときに話を聞く準備をしておきましょう。休憩時間やランチの時など、リラックスできる状況で話を聞く機会を作るのも良いでしょう。
- 共感を示す
相手の話に対して、「それは辛いね」「その気持ち、無理もないね」といった言葉や、「うん、うん」「そうだったんですね」といった相槌を打つだけでも、相手は「理解されている」と感じ、安心感を抱きます。
3. 業務面での具体的な協力
介護を担う同僚は、急な呼び出しや体調不良などにより、勤務時間の調整や突発的な休暇が必要になることがあります。
- 業務分担の協力
同僚が急に休むことになった場合や早退する必要がある場合に備え、日頃から業務内容を把握し、助け合える体制を整えておきましょう。特定の業務を抱え込まず、チーム内で共有できる仕組みがあるとスムーズです。
- 残業の引き受け
場合によっては、同僚が定時で帰れるよう、可能な範囲で残業を代わりに引き受けたり、業務を巻き取ったりするのも有効なサポートです。
- 情報共有の徹底
同僚が不在の間も業務が滞らないよう、進捗状況や必要な情報について日頃から密に共有しておきましょう。共有フォルダやプロジェクト管理ツールを活用するなど、誰もがアクセスできる情報管理の仕組みがあると便利です。
- 休憩時間の配慮
介護者は常に精神的な緊張状態にあり、短い休憩時間でもリフレッシュできることが重要です。休憩時間に介護の話を無理に引き出そうとせず、リラックスできる時間になるように、配慮しましょう。
- 復帰時のフォロー
介護休暇から復帰した際には、「おかえりなさい」「ゆっくりでいいからね」など温かい言葉をかけることで、安心して職場に戻れるようサポートしましょう。業務のブランクを埋めるための情報共有やフォローアップも重要です。
4. 周囲への働きかけ
介護をしている同僚が孤立しないよう、周囲にも働きかけ、職場全体で理解を深める雰囲気を作り出すことも重要です。
- 無理解な発言への対応
もし、介護をしている同僚に対して、無理解な発言や心ない言葉が聞かれた場合は、適切な態度で対応しましょう。「〇〇さんも大変なんだから、みんなで助け合おうよ」など、建設的な言葉で周囲の意識を変えるきっかけを作りましょう。
- 社内制度の周知
介護に関する社内制度や相談窓口がある場合、その存在を同僚に伝えたり、利用を促したりすることもできます。
上司としてできること:制度活用と環境整備、そして公平な評価

上司は、部下の業務を管理するだけでなく、働きやすい環境を整える責任があります。介護と仕事を両立できるような柔軟な働き方を提案し、部下が安心して業務に集中できる環境を構築しましょう。
1. 積極的な情報提供と制度活用促進
上司として最も重要な役割の一つは、社内外の介護支援制度について正確な情報を提供し、部下がそれらを活用できるよう促すことです。
- 社内制度の周知徹底
介護休業、介護休暇、短時間勤務、フレックスタイム制、など、会社が提供している介護に関する制度について、部下が必要なときにすぐにアクセスできるよう、積極的に情報提供を行いましょう。制度があっても知られていなければ意味がありません。定期的なアナウンスや、介護に関するパンフレットの配布なども有効です。
- 制度利用の奨励
制度を利用することに抵抗を感じる部下もいます。上司が率先して「積極的に制度を活用してほしい」「制度利用は権利であり、遠慮することはない」というメッセージを伝えることで、部下は安心して制度を利用できます。過去の活用事例を共有することも、利用へのハードルを下げる上で有効です。
- 相談窓口の提示
社内に介護に関する相談窓口(人事部、産業医など)があれば、その連絡先を明確に提示し、いつでも相談できる体制を整えましょう。
2. 柔軟な働き方の導入と調整
介護の状況は日々変化するため、画一的な勤務体系では対応しきれないことが多々あります。部下の状況に合わせた働き方を検討しましょう。
- 勤務時間の調整
介護の状況に合わせて、始業・終業時間の調整、中抜け、短時間勤務など、柔軟な勤務時間を設定できるよう検討しましょう。例えば、※朝の送迎がある日は始業時間を遅らせる、夜間介護がある日は短時間勤務にするなど、個別具体的な対応が求められます。
- 在宅勤務・リモートワークの推進とその留意点
介護を必要とする家族の近くにいながら仕事ができる在宅勤務・リモートワークは、介護者にとって非常に有効な働き方です。しかし、その一方で、仕事と介護の境界線があいまいになり、結果として時間外勤務ができてしまう状況に陥りやすいという側面もあります。
また、介護から離れるための出社が、介護者にとって「レスパイト(一時的な休息)」になることもあるため、リモートワークの導入に際しては、業務内容やセキュリティ面だけでなく、こうした多角的な影響を考慮し、バランスの取れた運用を検討することが重要です。
- 業務内容の見直しと負荷分散
介護者の負担を軽減するため、一時的に業務内容を見直したり、業務量を調整したりすることも必要です。特定の業務が属人化している場合は、チーム内で共有できる体制を構築し、他のメンバーがサポートできる仕組みを作りましょう。
- 急な欠勤・早退への理解
介護は予測不能な事態がつきものです。急な呼び出しや介護者の体調不良などにより、欠勤や早退が必要になることを理解し、柔軟な姿勢で対応しましょう。
3. 公平な評価とキャリア支援
介護をしているからといって、評価やキャリアアップの機会が損なわれることがあってはなりません。
- 成果による評価
勤務時間や勤務形態にとらわれず、達成した成果や業務への貢献度に基づいて公平に評価を行いましょう。介護をしているからと評価を下げたり、昇進・昇格の機会を奪ったりすることはハラスメントにあたります。
- 目標設定の柔軟性
介護状況を考慮し、現実的で達成可能な目標を一緒に設定しましょう。目標に向かう過程では、状況の変化に応じて調整や見直しを行うことも大切です。
- キャリアプランの相談
介護が落ち着いた後のキャリアプランについても定期的に相談し、支援を行いましょう。介護期間中もスキルアップの機会を提供したり、情報共有を継続したりすることで、キャリアの中断を最小限に抑えられます。
- ハラスメント防止
介護ハラスメントは決して許されません。以下に、厚生労働省の指針に基づいた主な具体例を挙げます。
【制度利用を阻む言動】
- 介護休業や時短勤務などの制度利用を妨害する発言や態度(例:「休まれたら困る」)
- 制度を利用したことを理由に陰口を言ったり、嫌がらせをしたりする。
- 制度利用者に対して不当な降格や望まない部署への異動をほのめかしたり、実際に行ったりする。
- 介護を理由に、不必要な異動や簡単な仕事ばかり与えるなど、不利益な配置を行う。
【介護の状況を理由にした嫌がらせ】
- 介護を理由に、重要な仕事から外したり、能力に見合わない簡単な仕事ばかり与えたりする。
- 「時短勤務なのに給料泥棒」といった心ない言葉でからかう。
- 本人の許可なく、介護の状況など個人的な情報を言いふらす。
- 介護を理由に、職場で仲間はずれにしたり、無視したりする。
- 「介護のせいで迷惑だ」など、精神的に追い詰めるような発言をする。
介護ハラスメントは、個人の尊厳を傷つけ、職場全体の士気を低下させる行為です。上司として、ハラスメントの防止に努め、万が一発生した場合には、迅速かつ適切に対応することが強く求められます
4. コミュニケーションとマネジメント
部下との定期的なコミュニケーションを通じて、状況を把握し、適切なサポートを提供しましょう。
- 定期的な面談の実施
介護の状況は変化するため、定期的に面談の機会を設け、部下の状況や困っていること、今後どうしていきたいかなどを丁寧にヒアリングしましょう。オープンな雰囲気で話しやすい環境を作ることも大切です。
- プライバシーへの配慮
介護の状況は非常にデリケートな個人情報です。部下のプライバシーを尊重し、本人の許可なく他の従業員に話したり、不必要に詮索したりすることは絶対に避けましょう。
- 情報共有の徹底
部下が不在の間も業務が滞らないよう、チーム内での情報共有を徹底するよう指示し、その仕組みが機能しているかを確認しましょう。
- 他の従業員への配慮
介護をしている部下をサポートする一方で、他の従業員への業務負荷が偏らないよう配慮することも重要です。チーム全体で協力し合えるような雰囲気作りを心がけましょう。
部下としてできること:上司への配慮と業務サポート、そして感謝の表明

現在、働き盛りの40代から50代といったミドル層は、親の介護に直面するケースが増えています。特に、この年代は職場でも管理職や専門職といった重要な役職に就いていることが多く、仕事と介護の両立に大きな負担を感じやすい傾向にあります。
もし、あなたの上司が介護を抱えている場合、部下としてできることは多岐にわたります。上司の状況を理解し、業務面でのサポートや精神的な配慮を行うことで、上司が安心して業務に取り組めるよう支えましょう。
1. 上司の状況への配慮と理解
上司が介護を抱えている場合、その事情は周囲に打ち明けづらく、気を遣う状況であることも少なくありません。無理に聞き出そうとせず、日頃の様子から変化を感じ取り、さりげない配慮を心がけることが大切です。
- 変化への気づきと気遣い
上司の顔色、表情、言動、勤務時間などに変化が見られた場合、「何かあったのかな」と心に留め、気遣う姿勢を持ちましょう。ただし、プライベートなことに深入りしすぎないよう注意が必要です。
- 介護への一般的な理解
介護がどのようなものか、介護者がどのような困難に直面しうるかについて一般的な知識を持つことで、上司の状況を理解しやすくなります。
- 無理強いしない姿勢
上司が疲れているように見えても、無理に休むことを勧めたり、プライベートなことを詮索したりすることは避けましょう。上司自身の判断を尊重する姿勢が大切です。
2. 業務面での具体的なサポート
上司の介護状況によって業務に支障が出そうな場合、部下として積極的に業務をサポートすることが重要です。
- 業務の巻き取りと負担軽減
上司の業務負担を軽減するため、自ら進んで業務を巻き取ったり、サポートを申し出たりしましょう。特に、緊急性の低い業務や、ルーティン業務など、部下でも対応可能な業務は積極的に引き受けましょう。
- 報連相の徹底と工夫
上司が多忙な場合でも、報告・連絡・相談(報連相)は徹底し、上司が状況を把握しやすいように工夫しましょう。
【簡潔な報告】
長文ではなく、要点をまとめた簡潔な報告を心がけましょう。
【結論から伝える】
まず結論を伝え、その後に詳細を説明することで、上司は短時間で状況を理解できます。
【適切なタイミング】
上司が集中できる時間帯や、移動時間など、状況に応じて報告のタイミングを考慮しましょう。
【情報共有の徹底】
チーム内で情報共有ツールや共有フォルダを活用し、上司がいつでも最新の情報を確認できる仕組みを整えましょう。
- 自律的な業務遂行
上司の指示を待つだけでなく、自ら考えて行動し、業務を推進する自律的な姿勢が求められます。上司の負担を減らすためにも、できる限り自分で判断し、解決できることは解決しましょう。
- 緊急時の対応準備
上司が急に不在になった場合でも業務が滞らないよう、日頃から業務の進捗状況や必要な情報を整理し、他のメンバーが対応できる準備をしておきましょう。
3. 精神的な配慮と感謝の表明
上司は、介護の負担に加え、部下やチームへの責任も感じています。精神的な側面からも上司を支えることが重要です。
- 感謝の言葉を伝える
上司が介護と仕事を両立していることに対し、「いつもありがとうございます」「大変な中、ご指導いただき感謝しています」など、感謝の気持ちを言葉で伝えましょう。
- ねぎらいの言葉をかける
上司が疲れているように見えたら、「お疲れ様です」「無理しないでくださいね」など、ねぎらいの言葉をかけることで、上司は「気にかけてもらえている」と感じ、精神的な支えになります。
- 前向きな姿勢で業務に取り組む
部下が前向きな姿勢で業務に取り組み、チームの雰囲気を明るく保つことは、上司の精神的な負担を軽減することにもつながります。
- 上司のプライバシーを尊重
介護の状況は非常にデリケートな個人情報です。上司のプライバシーを尊重し、本人の許可なく他の従業員に話したり、不必要に詮索したりすることは絶対に避けましょう。
- チームワークの強化
部下同士で協力し合い、チーム全体の生産性を高めることで、上司の負担を軽減し、チームとして上司を支えることができます。
最後に:誰もが「自分ごと」として捉え、支え合える職場へ
介護は、ある日突然、誰の身にも降りかかる可能性のある問題です。職場に介護をしている人がいる場合、その人を特別視するのではなく、「もし自分だったら」という視点に立ち、誰もが「自分ごと」として捉え、支え合う意識を持つことが大切です。
介護離職をなくし、介護をしながらもいきいきと働き続けられる社会を実現するためには、個人の努力だけでなく、職場全体、ひいては社会全体の理解と協力が不可欠です