
「最近、親がぼーっとしている時間が増えた」
「何に誘っても無関心で、まるで行きていることに興味を失ったかのよう……」
暴言や暴力といった激しい症状とは対照的に、静かに自分の中に閉じこもってしまう認知症の症状に、不安を抱えているご家族は少なくありません。まるで「心だけがどこか遠くへ行ってしまった」ような姿を見るのは、介護する側にとっても非常に寂しく、出口のない無力感を感じるものです。
実は、認知症の周辺症状にはいくつかのパターンがあり、このように周囲への関心を失い、自分の殻に閉じこもってしまう状態を、専門的には「遊離型(ゆうりがた)」と呼びます。
この状態は、決して本人が怠けていたり、人生を諦めたりしたわけではありません。認知機能の低下によって「現実が理解できない」という恐怖に直面したとき、そこから自分を守ろうとする「精一杯の防衛反応」なのです。
今回は、元ケアマネジャーの視点から、認知症の遊離型が起こる心理的・生理的なメカニズムを解説します。あわせて、本人を現実に呼び戻すための「役割の作り方」や、見落としがちな「身体的なケア」のポイントをお伝えします。
1. 認知症の周辺症状「遊離型」とは
認知症の周辺症状は、現れ方によって大きく3つのタイプに分類されます。
- 葛藤型: 状況に対して強く反応する(興奮、暴言、暴力、徘徊など)
- 遊離型: 自分の世界に閉じこもる(無気力、無感動、無関心)
- 回帰型: 過去への回帰(自分が最も輝いていた時代に戻る)
今回は②の遊離型について、原因と対処方法についてお伝えします。
今回は、傍目には穏やかに見えますが、実は低栄養や脱水といった生命維持の危機に直結しやすい「遊離型」について、詳しく見ていきましょう。
2. 遊離型を引き起こす「原因」と心のメカニズム

遊離型の方は、話し掛けてもどこか「ぼんやり」としていて、視線が合わなかったり、遠くを見つめていたりすることが増えます。あるいは、話し掛けられれば返事こそするものの、そこには以前のような関心や興味が感じられず、会話が深まることもありません。
不気味な現実から離れる「防衛反応」
遊離型の状態にある方は、自分の置かれている状況が正しく理解できず、長年連れ添った家族や親しい友人さえ誰だか分からなくなるという、出口のない混乱の中にいます。
目の前で起こっていることが理解できない「恐怖」や「不安」から自分を守るために、あえて外部との接触を絶ち、「無関心」でいることで精神の均衡を保とうとしているのです。中には、独り言を言ったり一人で笑ったりする様子が見られることもありますが、これも現実の不気味さから離れ、自分の内側の世界に逃げ込んでいるサインといえます。
ケアを困難にする「負のループ」
遊離型は、生きることへの関心まで薄れてしまうため、身体的なケアが極めて難しくなる場合があります。
- 食事にさえ関心を示さず、食べさせようとしても口を開けない
- 喉の渇きも自覚できず、必要な水分が摂れない
このように生命維持に欠かせないケアを拒絶することで、低栄養と脱水が加速し、認知力がさらに低下して遊離が深まるという、危険な悪循環に陥りやすいのがこのタイプの特徴です。
3. 意識を外の世界へ向ける「役割」の提供

現実から遠く離れてしまった意識を、再び今この場所へと繋ぎ止めるには、本人の「役割」を作ることが極めて効果的です。
役割が「今の世界と繋がるきっかけ」になる
本人が無意識のうちに「身体を動かし、周囲と関わってしまう」ような、かつての習慣に基づいた「役割」を作ることが、現実に戻るための第一歩となります。
自分の中に閉じこもっている方にとって、役割は「外の世界」と自分を繋ぐ大切な「接点」になります。たとえ小さな作業であっても、それに没頭している間は、意識が自分の不安な内面から「目の前の出来事」へと向かうからです。
ヒントは、その方の歩んできた「生活歴」の中にあります。
家事・育児を担ってきた方
「これをお願いしてもいい?」と頼って、食器拭きや洗濯物畳みを促してみます。かつて数十年繰り返してきた動作は、脳の深い部分に刻み込まれています。深く考えずとも「手が勝手に動く」という状態に入ると、ぼんやりしていた表情がパッと引き締まることがあります。
職業や趣味に打ち込んできた方
将棋の駒を並べる、庭の草を引くなど、身体が覚えている動作を刺激します。
これらは身体を動かし、目の前の物に触れるという「現実との接触」を強制的に作り出し、不安な心を引き止めておくための大切な時間となります。
本人が頭で理由を理解していなくても、身体を通じて「何かができている」という感覚が繰り返されることで、周りの環境に対する拒絶反応が和らいでいきます。
こうした時間を積み重ねることで、「外の世界は怖い場所ではない」という安心感が育ち、ぼんやりとしていた意識がハッキリと周りの状況を捉えられるようになっていくのです。
4. 意識を覚醒させる「4つの基本ケア」
精神的なアプローチと並行して、認知力を高める「土台」を整えましょう。意識レベルを上げるために、以下のケアもできるところから実施していきましょう。
- 水分摂取(1日1,500ml目安): 脳の血流を維持し、意識をハッキリさせます。
- 食事(1日1,500kcal目安): 脳のエネルギー不足による意識混濁を防ぎます。
- 排便管理(自然排便): 体内の不快感を除去し、自律神経を整えます。
- 適度な運動(2km程度の散歩がベスト): 外部刺激を取り込み、生活リズムを整えます。
遊離型の方は自発的な摂取が難しいため、経口補水液や栄養補助食品を意図的に活用してください。これらは単なる栄養補給ではなく、「意識を現実に戻すための覚醒アイテム」です。
家族での対応が難しければ、介護保険サービスのデイサービスや一定期間施設に入所して同様のケアを実践してもらうのも良い方法です。
まとめ:専門職と連携し、粘り強く呼び戻す
遊離型は、混乱した現実から自分を守るための防衛反応です。この殻を破るには、生活歴に基づいた「役割」と、認知力を向上させる「4つの基本ケア」の両方が欠かせません。
特に、目標となる1日1,500mlの水分摂取などを家庭だけで完結させるのは大きな負担です。日中の水分補給や運動をプロ(介護保険サービス)に任せ、必要なケアを分担することを優先してください。(※水分制限のある方は、主治医と相談して判断ください)
介護者が心に余裕を持つことこそが、本人を「安心できる現実」へ呼び戻すための、最も大切な基盤となります。一人で抱え込まず、専門職とチームを組んで、焦らずに関わっていきましょう。

