
午後4時を過ぎた頃、親がそわそわしはじめる。
「帰る」「怖い」「泥棒!」——昨日も、一昨日も、同じ時間に同じことが起きている。
そのたびに心が折れそうになっているあなたへ、明日の夕方から変えられる方法をお伝えします。
夕飯の支度で忙しい時間帯、親の不穏な言動に振り回され、途方に暮れていませんか?日が暮れる頃に落ち着きがなくなるこの症状は「夕暮れ症候群」と呼ばれます。
14年以上ケアマネジャーを務めてきた私は、多くの現場でこのパニックを目の当たりにしてきました。実は、この症状には「接し方」以上に大切な生理学的な原因が隠されていることが多いのです。
この記事では、実際の事例を交えながら、夕方のパニックを「水分」の力で穏やかにしていく具体的な方法を解説します。「一生続くのか」という絶望を「改善できる」という希望に変えていきましょう。
元ケアマネジャー歴14年(支援300件以上、相談1000件以上)。夕方になると別人のように混乱するご本人と、途方に暮れるご家族を、現場で何度も見てきました。多くのケースで見落とされていたのが、水分不足という視点です。
この記事でわかること
- 夕暮れ症候群が「夕方だけ」起きる生理的な理由
- パニックが始まる前にできる「先回りの水分ケア」3つ
- 明日の夕方から使える声かけ・環境づくりのコツ
- 受診・ケアマネへの相談が必要なタイミング
夕暮れ症候群とはどんな症状?
主に夕方から夜にかけて、不安や緊張、興奮、混乱などの症状が強く現れることを「夕暮れ症候群」と言います。介護する側も心身ともに削られる、認知症介護の大きな壁の一つです。
現場でよく見られる3つの事例をご紹介します。

症状の例①自分の家なのに「もう帰ります」
Aさんは夕方になると「もうこんな時間」と家を出ようとします。夫が「ここは自宅だよ」と説明しても理解できず、「なぜ閉じ込めるんだ!」と声を荒げます。夫は拳を振り上げる妻に恐怖を感じ、毎回どうしていいか分からなくなっていました。
症状の例②「何もわからない、怖い」と泣き出す
Bさんは夕方になると強烈な不安に襲われます。「頭がおかしくなった」「どうすればいいの」と泣きながら、仕事で留守の娘さんを探し回ります。娘さんが帰宅するまでこの混乱は続き、本人も極限まで疲れ切ってしまいます。
症状の例③「あなた、お金を盗んだでしょう!」
施設に入居中のCさんは、夕方になると疑念が強まります。「大丈夫ですよ」というスタッフの言葉も耳に届かず、「盗んだのね!返しなさい!」と激しく詰め寄り、手が付けられなくなります。

なぜ夕方になると症状が悪化するのか?
一般的に夕暮れ症候群は「暗くなる不安」や「家族の忙しさ」が原因だと言われます。もちろんそれらも要因の一つですが、生理学的な視点で見落とされがちなのが、水分不足による「認知機能の低下」です。
高齢者は「隠れ脱水」を起こしやすい
高齢者は筋肉量が少なく、体内に水分を蓄える力が低下しています。さらに、以下の理由で「日中のうちに水分が枯渇」し、夕方には脳への血流が悪くなってしまいます。
- トイレを気にして水分を控える
- 感覚機能の低下で喉の渇きを感じにくくなる
- 食事量が減り、食べ物から摂る水分が不足する
夕暮れ症候群の正体は「認知機能の低下」
脳は水分が不足すると、血液が濃縮され血流が悪化します。午前中は調子が良くても、夕方にかけて水分が抜けていくと、「場所」や「人」を認識する力(見当識)が一時的に失われてしまいます。
つまり、夕方のパニックはわがままや性格の問題ではなく、水分不足によって脳の機能が一時的に働きにくくなっている可能性がある「生理現象」なのです。

事例を振り返る|水分補給でこれだけ変わった
先ほどの事例では、水分摂取を見直すことで状態が落ち着く変化が見られました。
症状の例①:その後経口補水ゼリーの活用
「帰る」と言い出した瞬間に、夫はAさんに経口補水ゼリーを飲ませるようにしました。体内への吸収が速い水分を補給することで、Aさんは落ち着きを取り戻し、穏やかに過ごせるようになりました。
経口補水ゼリーはカリウムや糖分を含みます。腎臓病・糖尿病などで制限がある方は、必ず事前に医師にご相談ください。
症状の例②:その後麦茶の「ノルマ」で見守り
娘さんはキッチンに「夕方までに飲み切る」というメモと共に麦茶のボトルを置きました。日中にこまめに水分を摂る習慣がついたBさんは、娘さんの帰宅時も混乱せず、「おかえり」と笑顔で迎えられるようになりました。
症状の例③:その後摂取スケジュールの徹底
介護施設ではCさんの水分摂取を「夕方の不穏が始まる前」に重点的に実施しました。水分で脳の機能が安定したことで、被害妄想がエスカレートすることはなくなり、スタッフの言葉を受け入れられるようになりました。
夕暮れ症候群を乗り切る「対処法3選」

認知症の方が夕方から落ち着かなくなってきたら、まずは水分を摂ってもらう「先回りのケア」を行いましょう。
ポイントは状況に応じた使い分けです。すでにパニックが始まっているなど、今すぐ落ち着かせたい時は体内への吸収が速い「ゼリータイプ(経口補水液など)」を。日々の不穏な時間を減らしたい時は、こまめな「水分(お茶や水)」による予防を心がけてください。
具体的に、今日からできる3つの方法をご紹介します。
- 対処法1:不穏が始まる前の「先回り」補水
パニック状態になってからでは本人の拒否が強まり、水分を摂ってもらうことがますます難しくなります。 症状が現れやすい時間の「1時間前」を狙って、お茶や経口補水ゼリーを意識的に摂ってもらう「先回りのケア」を心がけましょう。
- 対処法2:経口補水液をストックしておく
水やお茶よりも体内への吸収が速い経口補水液は、不穏時の「救急箱」になります。ゼリータイプなら飲み込みやすく、誤嚥(ごえん)のリスクも抑えられます。
- 対処法3:1日1,500mlを「配分」して予防する
高齢者が1日に必要な水分量は1,500ml以上です。
起床時・食事時・おやつ時・入浴前後 というようにあらかじめ配分を決めておくことで、夕方の「水分枯渇」を未然に防ぎます。
心不全や腎不全など、医師から水分制限の指示が出ている場合は、必ず主治医に相談の上でコントロールを行ってください。
水分補給と合わせて試したい「環境・声かけ」のケア
水分補給が夕暮れ症候群の核心的なアプローチですが、以下の環境づくりや声かけを組み合わせると、さらに効果的です。
環境を整える
- 室内を明るくする:日が暮れる前にカーテンを閉め、照明を明るくすることで「暗くなる不安」を軽減できます。
- なじみの音楽・テレビをつける:本人が好きだった音楽や番組は、混乱した脳に「安心できる場所」と感じさせる効果があります。
- 軽い散歩や体を動かす時間を設ける: 夕方の少し前に軽く体を動かすことで、気分が切り替わりやすくなります。
声掛けの基本:否定しない
「ここはあなたの家じゃない」「そんなことはない」と事実で訂正しても、混乱した脳には届きません。以下のような受け流しと気分転換が有効です。
| 場面 | 声かけの例 |
|---|---|
| 「帰る」と言い張る | 「そうですね、もう少ししたら一緒に行きましょう」と受け流し、お茶や好きな話題に切り替える |
| 「怖い」と泣く | 「大丈夫、ここにいるよ」と寄り添い、手をつないで座る |
| 「盗んだ」と言う | 反論せず「一緒に探しましょう」と行動で示す |
こんな状態になったら受診・相談を
⚠ 注意
水分補給や環境調整を続けても改善が見られない、または以下のような状態が見られる場合は、かかりつけ医やケアマネジャーへの相談を検討してください。
- 毎日2時間以上、激しい興奮・暴力が続く
- 本人が睡眠をとれなくなっている
- 介護者が恐怖を感じる状況が続いている
- 転倒・外出・自傷などの危険が生じている
「まだ大丈夫」と思って抱え込まず、地域包括支援センターやケアマネジャーへの相談はいつでも可能です。一人で限界まで頑張る必要はありません。
よくある質問
多くの場合、午後3〜6時頃に症状が現れます。季節や個人差はありますが、特に夏場は脱水が起きやすく、症状が強くなるケースが多くあります。
完全に消えるケースもありますが、認知症の進行によって変化します。水分・環境・生活リズムの見直しで大幅に改善するケースが多くあります。あきらめずにケアを続けることが大切です。
「ここは家ではない」と否定するのは逆効果です。「もう少ししたら一緒に行きましょう」と受け流し、お茶を勧めるなど気分を別の話題に切り替えるのが効果的です。
はい。在宅・施設を問わず起こります。施設では夕食前の水分補給スケジュールや照明調整、なじみの音楽の活用が有効です。ご家族からも施設スタッフに情報共有することをおすすめします。
心不全・腎不全など制限がある方は、自己判断での増量は禁物です。まずは主治医に「夕暮れ症候群の症状があり、水分との関係を相談したい」と伝え、許容範囲内での補給方法を指示してもらってください。制限の中でも摂取タイミングを工夫することで改善できる場合があります。
最後に:認知症の症状は「変わる可能性がある」
夕方のパニックに追い詰められていると、「もう二度と穏やかな時間は戻らない」と思ってしまうかもしれません。
しかし、生理学に基づいた「正しい水分補給」を続けることで、症状が和らいだケースを多く見てきました。介護する側にとっての過酷な夕暮れ時が、接し方だけでなく、コップ一杯の水分から変わる可能性はあります。
まずは明日の夕方の1時間前、一緒に水分を摂る時間を作ってみませんか。その小さな習慣が、穏やかな日常を取り戻すきっかけとなります。





