
「親の介護が始まったけれど、今の仕事を続けられるだろうか……」
そんな漠然とした不安がよぎる背景には、メディアなどで耳にする「介護離職」という言葉が、現実に起こる可能性を感じているからかもしれません。
「仕事は辞めたくない。でも、親の面倒もしっかりと見たい」 そんなふうに、どちらかを諦めなければならないような「板挟み」の状況に、解決の糸口が見えず悩んでいませんか?
実は、多くの人が「介護と仕事の両立は無理だ」と思い込み、国が定めた支援制度を知らないまま、あるいは職場の顔色をうかがうあまり、離職を選択してしまっています。しかし、制度を正しく理解し、職場と適切にコミュニケーションを取ることで、あなたの生活と介護を無理のない形に組み替えていくことは可能です。
この記事では、元ケアマネジャーの視点から、絶対に知っておくべき公的制度の正確な知識と、職場へスムーズに事情を伝えるための「3ステップ交渉術」を解説します。
知ることで守れるキャリア「育児・介護休業法」の基礎知識

仕事と介護を両立させるためには、まず自分を守る武器となる「法律」を知る必要があります。
国は「育児・介護休業法」を制定し、仕事と家族のケアを両立するための支援体制を整えています。 育児に関しては「育休」という言葉が浸透し、利用する人も増えてきました。一方で、介護に関する「介護休業」や「介護休暇」は、育児に比べると利用率が低く、まだ十分に認知されているとは言えません。
制度を知らないのは「会社の周知不足」が原因かもしれない

厚生労働省 雇用環境・均等局 職業生活両立課「育児・介護の両立に係る現状及び課題」より作成
厚生労働省のデータによると、労働者への周知を行っていない企業は依然として約6割にのぼります。制度を詳しく知らないのは、個人の責任ではなく、企業側の説明不足という側面が大きいのです。
勤務先の就業規則に詳細が書かれていなくても、法律で定められた制度は、条件を満たすすべての労働者が利用できる「正当な権利」です。 もし勤め先に相談窓口がない場合は、人事部や労務課、または直属の上司へ直接確認することから始めてみましょう。
法律で定められた「仕事と介護の両立支援制度」一覧
法律で定められた「育児・介護休業法」の内容は以下の通りです。
| 制度名 | 内容の詳細(法的要件) | 活用のポイント・メリット |
|---|---|---|
| 介護休業 | 家族1人につき通算93日まで、最大3回まで分割取得可能。 | 主に「介護サービスの手配や、長期的な介護体制を整える」ための期間です。 |
| 介護休暇 | 家族1人につき年5日まで(2人以上なら10日)。1日・半日・時間単位で取得可能。 | 急な通院の付き添いや、ケアマネジャーとの打ち合わせ、役所の手続きに最適です。 |
| 所定労働時間の短縮等の措置 | 勤務時間の短縮、フレックス、時差出勤、テレワークなど、一定期間の利用が可能。 | 3年間で2回以上利用でき、送り出しや迎えが必要な時期に働き方を調整できます。 |
| 所定外労働の制限 | 所定外労働(企業が定めた勤務時間以外の労働)の免除を請求可能。 | 残業をゼロにすることで、夕方以降のケア時間を確実に確保できます。 |
| 時間外労働の制限 | 1カ月24時間、1年150時間を超える時間外労働の制限を請求可能。 | 過度な残業を抑制し、自身の心身の健康を守りながら両立を継続します。 |
| 深夜業の制限 | 22時〜5時の深夜勤務の免除を請求可能。 | 夜間の見守りが必要な場合など、生活リズムを維持するために活用します。 |
| 転勤に対する配慮 | 配置転換で介護が困難になる場合、事業主は状況への配慮が義務付けられています。 | 介護を理由に今の場所を離れられない際、会社側へ検討を求める法的根拠になります。 |
| 不利益取り扱いの禁止 | 制度の利用を理由とした解雇、降格、減給などは禁止されています。 | 会社への遠慮や「居づらさ」を感じる必要はなく、正当な権利として守られています。 |
| ハラスメント防止措置 | 制度利用において就業環境が害されないよう、会社は相談体制を整える義務があります。 | 職場での嫌がらせ(ケアハラ)を防ぎ、安心して制度を使える環境作りを促します。 |
| 介護休業給付金 | 休業期間中、要件を満たせば原則として休業前賃金の67%を支給。 | 経済的な不安を抑え、離職を焦らずに体制を整えるための重要な資金源です。 |
【重要】不利益取り扱いの禁止
法律により、これらの制度を利用したことを理由に、会社が解雇や降格、減給などの不利益な扱いをすることは固く禁じられています。また、ハラスメント防止措置(ケアハラ対策)も企業に義務付けられています。
なぜ介護は相談しにくいのか?その背景とは
「育休」に比べ、介護の相談はハードルが高いと感じる人が多いのが現実です。まずは、なぜ私たちが「相談しにくい」と感じてしまうのか、その理由を整理してみましょう。
- プライバシーの懸念
親の病状や認知症の言動など、デリケートな内容を話しにくい - ゴールの見えなさ
育児と異なり、期間や終わりの見通しが立ちにくい - 職場の理解不足
制度を知らない管理職も多く、迷惑をかけるという罪悪感を抱きやすい
こうした不安を抱えていると、つい「事情を詳しく、正確に説明しなければならない」と思いがちですが、職場へ事情のすべてを話す必要はありません。
上司や会社がサポートを検討する際に本当に必要としているのは、家庭内のプライベートな悩みそのものではなく、「今の仕事にどのような影響が出るか」という実務上の情報だからです。
具体的には、以下の3点に絞って伝えるだけで、制度利用の相談は十分に進められます。
職場に伝えるべき「3つの共有ポイント」
- いつ:(例:毎週、火曜と木曜の朝)
- どのような影響が:(例:デイサービスの送り出しのため、1時間の遅刻が発生する)
- どの制度を使いたいか:(例:なので、時差出勤の制度を利用したい)
このように、「家庭の事情(理由)」と「仕事への影響(事実)」を切り離して整理することで、相談する側の心理的な負担はぐっと軽くなります。
職場側にとっても、状況を正確に把握できるため、具体的な業務の調整やバックアップの検討がスムーズに行えるようになります。結果として、あなた自身が最も必要としているサポートを、より確実に受けられることにつながるのです。
実践!職場・上司への「3ステップ」交渉術

介護の状況は刻々と変化します。一度にすべてを解決しようとせず、以下の3つの段階(フェーズ)に合わせて相談を進めましょう。
Step1. 【相談・調整期】介護が始まった直後
まずは「介護が始まった(もしくは始まりそう)」という事実を早めに伝えます。
ポイント
今後の見通しが立っていないことを正直に伝えつつ、「〇月頃までには体制を整える予定です」と暫定的な期限を伝えると、職場側も安心しやすくなります。
この時期に活用できる主な制度
- 介護休暇
急な通院の付き添いや、介護認定の手続きなどの単発の休みに。 - 介護休業
介護体制を整えるために、まとまった休みが必要な場合に。
介護休業は「自分がつきっきりで介護をするため」の休みではありません。 目的はあくまで、仕事を続けながら介護ができる「体制を整えること」にあります。
Step2. 【両立体制構築期】サービス利用開始
在宅介護を支える専門家である「ケアマネジャー(介護の計画を立てる支援者)」と相談し、デイサービスやヘルパーなどの利用が本格的に始まる時期です。
ポイント
「毎週〇曜日は送り出しがある」など、具体的に「いつ、どの程度の時間」が必要かを伝え、制度を組み合わせた働き方を会社に提案します。
この時期に活用できる主な制度
- 所定労働時間の短縮等の措置(時短勤務・時差出勤など)
毎日の送り迎えや見守りに合わせて勤務時間を変更します。 - 所定外・時間外労働の制限
残業を免除・制限することで、平日のケア時間を確保します。
Step3. 【両立期】生活の定着
介護サービスの利用が定着し、仕事と介護を並行して継続できる体制が整ってきた時期です。
ポイント
介護の状況は常に変化します。定期的に上司と面談し、「現在の働き方で業務に支障が出ていないか」「制度の延長や見直しが必要か」を報告し、情報をアップデートし続けることが、長期的な信頼関係の維持につながります。
この時期に活用できる主な制度
- テレワーク
在宅での見守りと仕事を両立させるための選択肢です。 - 深夜業の制限
夜間のケアで体力を消耗しがちな場合、自身の生活リズムと健康を守るために活用します。
テレワークになると「仕事の合間に介護もこなせる」と考えがちですが、この「介護ができてしまう環境」には注意が必要です。仕事と介護の境界が曖昧になると、心身が休まらず、負担が増大するリスクがあります。テレワークを利用する場合でも、外部サービスを適切に組み合わせて「仕事に専念する時間」を意識的に確保することが大切です。
もし職場の理解が得られないときは

「うちの会社に介護休業なんてない」「相談できる雰囲気ではない」という場合でも、一人で抱え込む必要はありません。
各都道府県にある「都道府県労働局 雇用環境・均等部(室)」へ相談してください。ここは、会社とのトラブル解決をサポートしてくれる公的な窓口です。ハラスメントや制度利用の拒否について、専門的なアドバイスを受けることができます。
最後に:後に続く人のことも考え、制度を利用する
親の介護のために仕事を辞めることは、キャリアだけでなく、将来の経済的な基盤を揺るがす大きなリスクを伴います。
仕事と介護を両立させるためには、法律で定められた制度を「使いこなすこと」が不可欠である、と考えてください。介護はプロの手を借り、制度を組み合わせていくことが、心身の健康を保ちながら仕事を継続させるための現実的な道となります。
また、制度を積極的に利用することは、周囲に負担をかけることではなく、むしろ「新しい働き方の実績」を作るという側面もあります。あなたが前例となることで、後に続く同僚や次世代の人たちが、育児と同様に当たり前に介護と仕事を両立できる社会を築く一歩となります。
公的な窓口や専門家も頼りながら、仕事を諦めないための「正当な権利」を適切に活用していきましょう。


