
「また怒鳴ってしまった…」 「あんなに怯えた顔をさせるつもりじゃなかったのに」
認知症の親を介護していると、そんな後悔で夜も眠れなくなることがあります。頑張っているからこそ、思い通りにならない現実に感情が振り回され、限界を感じてしまうのです。
でも、知っておいてください。あなたが優しくできないのは、愛情が足りないからでも、あなたが冷酷だからでもありません。
今回の記事では、10年以上現場を見てきた中で出会った、ある『遠距離介護』の事例を追いなが、なぜイライラが止まらないのか、どうすれば自分を責めずに心の平穏を取り戻せるのか。元ケアマネジャーの視点から、具体的な解決の糸口をお伝えします。
認知症?と疑ったとき、一気に不安に

親の言動がおかしいと感じたとき、多くの人が「そんなはずはない」と打ち消そうとします。これを「正常性バイアス」と呼び、心の平穏を保つための防衛反応ですが、これが結果として発見を遅らせてしまうこともあります。
「鍵がない!」何度もかかってくる電話が、終わりの始まりだった
Aさんのケース
最初は3〜4日おきだった母からの電話が、次第に1日に何度もかかってくるようになりました。 「家の鍵がない」「誰かがお金を盗んだ」 仕事中に鳴り響くスマホの着信音に、次第に動悸がするようになります。ネットで調べれば調べるほど、最悪の事態(徘徊、火事、詐欺)が頭をよぎり、仕事も手につかなくなっていきます。
1年ぶりの帰省で見つけた「醤油の買い置き7本」
意を決して、車を5時間走らせ帰省しました。 会ってみればいつも通りの母。しかし、台所の戸棚を開けると、同じ醤油が7本も並んでいました。 「いつもと何が違うか」をメモし始めると、衣類の汚れ、入浴の拒否など、電話では見えなかった異変が次々と浮き彫りになっていきます。「このまま放っておけない」――そう痛感した私は、それから毎週、往復10時間をかけて実家へ通う生活を始めたのです。
認知症について調べ出し、不安が大きくなる
母から電話が1日に何度もかかってくることがある。近所の人が家に入ってきて、お金を盗んだと言うこともあれば、頭がモヤモヤすると言うこともある。ネットで認知症のことを調べると、何となく母の症状と合致する気がした。
それからは、徘徊(はいかい)して行方不明になったらどうしよう、振り込め詐欺にだまされたら、火事や事故を起こしたらどうしようなど、考え出したら眠れず、仕事も手に付かない。
同居や近所に住んでいれば、直接親の安否や様子を確認できますが、気軽に行けない距離の場合はそうもいきません。電話で話すことが唯一の確認手段になる場合もあり、それだけの情報では安心を得ることはできません。不安は大きくなる一方で、生活や仕事に影響を及ぼしていきます。
「認知症かもしれない」という不安を「知識」に変えることで、心は少し軽くなります。まずは、認知症ケアの基本となる考え方を知っておきましょう。
感情のコントロールができず、母を怒鳴ってしまった

親子だからこそ、他人には言える「まあいいか」が言えません。これまでの親子関係が逆転し、子が親を管理する立場になることへの戸惑いが、激しい衝突を生みます。
「あの怯えた表情」が頭から離れない
腐った食材を捨てようとしたら、母から激しい罵声を浴びせられました。親のためを思ってやっているのに、なぜこんなに責められなければならないのか。 「いい加減にしてよ!」 思わず怒鳴り返したとき、母が見せたあの「怯えた表情」。今でもその光景が、トゲのように胸に刺さって離れない。
「なんてひどいことをしてしまったんだ」と、暗い部屋で自分を責めていませんか?
でも、どうか知っておいてください。その怒りは、あなたが冷酷だから湧いたものではありません。あなたがたった一人で、到底持ちきれないほど重すぎる荷物を背負い続けてきた「心からのSOS」なのです。
そのイライラは、あなた自身の心からの悲鳴かもしれません。手遅れになる前に、今の自分がどれほど限界に近いのか、一度チェックしてみてください。
介護離職を考える前に。自分を守るための「3つの処方箋」

「仕事を辞めてそばにいるしかない」 そう思い詰めたときこそ、極端な決断をする前に、以下の3つの処方箋を実行してください。
- 【処方箋1】会社に相談する
上司や人事担当者に現状を話し、介護休業などの「仕事と介護の両立支援制度」が使えないか確認しましょう。一人で抱えず、周囲に状況を知ってもらうことが第一歩です。
- 【処方箋2】地域包括支援センターに吐き出す
地域包括支援センターは高齢者の総合相談窓口です。制度の話だけでなく、今あなたが感じている「苦しさ」や「限界」をすべて専門家に吐き出してください。
- 【処方箋3】ケアマネジャーという「盾」を持つ
プロの目による見守り体制を構築しましょう。あなたに代わって親の生活を支えるパートナー(ケアマネジャー)を持つことで、物理的・精神的な距離を確保できます。
「何から話せばいいかわからない」という方へ。地域包括支援センターを賢く活用し、あなたの味方を作れる相談のコツをまとめています。
専門家のサポートで「遠距離介護」は継続できる

ひとりで抱え込んでいた介護を「チーム」に分散させたことで、母の生活と私の心は劇的に変わりました。
月に1度の帰省で、笑顔が戻った理由
デイサービスや訪問介護、配食サービスを導入したことで、母に規則正しい生活リズムと「他人の目」が加わりました。 結果として、母の混乱も落ち着き、私は仕事を辞めることなく、月に1度の帰省で「お互いに笑顔でいられる時間」を取り戻すことができたのです。
最後に:あなたはもう、十分に頑張っています
家族の立場で、常に平常心を保つことは不可能です。特に認知症介護は、日々の変化に心が削られます。
大切なのは、「自分を許すこと」と「プロに頼る勇気を持つこと」。 介護はひとりでするものではありません。周囲のサポートを「受け入れる力」こそが、あなたと親のこれからの生活を守る最大の鍵になります。
もし、今夜も自分を責めてしまいそうになったら。 この1分間のショートストーリーの動画を見て、一度深く呼吸をしてみてください。
「正しい介護」の前に、一番大切にしたかったのは感情です。私の原点でもあるお話です。



