
「ちょっと出かけてくる」
夕方になると靴を履いて玄関に向かう。止めると声を荒らげ、少し目を離すとひとりで外に出てしまう――。認知症の家族が外に出たがる毎日に、疲れ切っている方は少なくありません。
外に出たい気持ちは、無理に抑えるほど強くなることがあります。そこで試してほしいのが、止めるのではなく「一緒に散歩する時間」に変えることです。歩くことは脳への血流を増やし、心と体に心地よい刺激を与える全身運動なので、気持ちが落ち着くきっかけにもなります。
この記事では、外に出たがる時の声かけと付き添い方、歩くことで期待できる効果と無理のない目安、転倒を防ぐための準備までをまとめました。
元ケアマネジャー歴14年(支援300件以上、相談1000件以上)。「外に出たがって目が離せない」は、在宅介護の相談でよく寄せられる悩みです。止めるほど強くなる外出の気持ちを、散歩という形で受け止める方法を、現場での付き添いの工夫とあわせてまとめました。
この記事でわかること
- 外に出たがる時に、止めずに散歩へ切り替える声かけと付き添い方
- 散歩をしても落ち着かない時に見直すケアと相談先
- 歩くことが認知症の脳と体にもたらす効果
- 無理なく続けられる歩く量の目安と、転倒を防ぐ準備
外に出たがる時は、止めずに散歩へ

認知症の方が外に出たがるのは、頭の中が混乱して、落ち着いていられない状態になっているためです。「どこへ行くの?」「なぜ?」と理由を問いただしても、はっきりした答えが返ってこないことがほとんどで、問い詰めるほど混乱は深まります。
無理に止めると、目を離した隙にひとりで出てしまうことにもつながります。「出たい」という気持ちはそのまま受け止めて、家族が付き添う散歩に変えていきましょう。
声かけは「一緒に行きましょう」から
「どこへ行くの」「外は危ないからだめ」と問い詰めたり否定したりすると、本人は気持ちそのものを否定されたと感じます。まずは同意して、一緒に行くことを申し出ましょう。
- 「いいですね。私もちょうど歩きたかったので、一緒に行きます」
- 「外は少し寒いので、上着を着てから行きましょう」
- 「帰りにお茶でも飲みましょうか」
上着や靴、出かける前のトイレなど、準備の声かけをはさむと、身支度をしている間に気持ちが和らぐこともあります。
MEMO
出かける前に、飲み物をひと口
落ち着かずに外へ出たがる背景には、軽い脱水が隠れていることがあります。体の水分がわずかに足りないだけでも、意識がぼんやりして混乱が強まりやすくなるためです。「出かける前に一杯飲んでいきましょう」と、お水やお茶をすすめながら身支度をしましょう。散歩の途中や帰ってきたあとにも、こまめに飲み物をすすめてください。
付き添い方のコツ
- 本人のペースと行き先に合わせる:先導せず、横か少し後ろを歩きます。行きたい方向があれば、安全な範囲でついていきます。
- 帰るきっかけは自然に:「少し疲れたから休みましょう」「暗くなる前に帰りましょう」など、本人が納得しやすい理由で帰り道に誘います。
- 出たがる時間の前に散歩する:夕方など、出たがる時間帯が決まっている場合は、その少し前に散歩の時間を作ると、落ち着いて過ごせることがあります。
- 連絡先がわかるものを身につける:名前と家族の連絡先を書いたものを、上着やかばんにつけておきます。
- いつものコースを決めておく:近所を10〜20分ほどで一周できるコースがあると、家族も付き添いやすくなります。見慣れた景色は、本人にとっても安心材料になります。
散歩しても落ち着かない時は、基本のケアを見直す
散歩に付き添っても落ち着かない日が続くときは、体の状態を見直してみましょう。外に出たがる行動は、頭の中の混乱が強まっているサインでもあります。本人が口にする「仕事に行く」「家に帰る」といった言葉の意味を突き詰めるより、混乱そのものを落ち着かせるケアを優先します。
混乱を抑える基本は、次の4つのケアです。
- 水分:1日1,500ml以上を目安に、こまめに飲む
- 食事:1日1,500kcalを目安に、しっかり食べる
- 排便:便秘を防ぎ、できるだけ自然な排便を目指す
- 運動:歩くことを中心に、日中の活動量を増やす
散歩は、このうちの「運動」にあたります。水分不足や便秘があると、散歩だけでは落ち着きにくくなります。
それでも続く時は、ひとりで抱えない
基本のケアを見直しても落ち着かない、夜中にも出ようとする、目を離した隙にひとりで出てしまう――。こうした状態が続くときに、家族だけで対応し続けるのは困難です。早めに次の窓口へ相談しましょう。
- ケアマネジャー:デイサービスで日中の活動量を増やす、ショートステイで家族が休む時間を作るなど、サービスの組み立てを相談できます。
- 地域包括支援センター:介護保険をまだ使っていない場合の最初の窓口です。見守りネットワークやGPS機器の貸し出し・購入助成など、自治体の支援の情報も持っています(内容は自治体によって異なります)。
- かかりつけ医:急に外に出たがるようになった場合は、体の不調や薬の影響が隠れていないか確認してもらいましょう。
警察庁によると、2025年に認知症が原因で行方不明の届け出があった人は1万7,345人でした。万が一姿が見えなくなったときは、ためらわずにすぐ警察へ連絡してください。
(出典:警察庁「令和7年における行方不明者届受理等の状況」)
散歩で期待できる認知症への効果と、歩く目安

歩くことは、認知症の方にとって取り入れやすく、効果も期待できる運動です。特別な道具や場所がいらず、毎日の暮らしの中で続けられます。
よく歩く人は、認知機能が保たれやすい
高齢者は「寝たきりになると認知症になりやすい」と言われます。その逆に、日ごろよく歩く人は、あまり歩かない人に比べて認知機能テストの成績が良いという研究結果もあります。
歩くと、脳の血流が増える
脳が正しく働くには、十分な血流が欠かせません。記憶に関わる「海馬(かいば)」や大脳皮質には、アセチルコリンという物質を放出する神経がつながっています。この神経が活発になると、脳の血管が広がり、血流が増えます。
東京都健康長寿医療センター研究所の動物実験では、歩くことでこの神経が働き、海馬や大脳皮質の血流が増えることが確かめられています。しかも、無理のないゆっくりとした歩行でも効果がみられています。
(出典:東京都健康長寿医療センター研究所「歩行は、なぜ認知症予防につながるのか?」)
外を歩く散歩は、五感への刺激も多い
室内を歩くだけでも効果はありますが、外を歩く散歩は特におすすめです。
外では、車や自転車をよけたり、人とすれ違うときに道を譲ったりと、目や耳を働かせながら歩きます。足の裏から伝わる感覚を受け取り、姿勢のバランスも自然に整えています。
「いい天気だね」「風が気持ちいい」「花が咲いている」と、季節や景色を感じることも、心への心地よい刺激になります。
歩く目安は「1日2km」、まずは短い距離から
散歩の目安は、1日2km程度です。ゆっくり歩くと、30〜40分ほどかかります。厚生労働省のガイドでは、高齢者に、歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日40分以上(1日約6,000歩以上)行うことをすすめています。家事や買い物など日常の動きも含めた量なので、散歩だけで満たす必要はありません。
(出典:厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023(概要)」)
いきなり2kmを目指す必要はありません。最初は家の周りを10分ほど歩くことから始め、少しずつ距離を延ばしていきましょう。歩く自信がない場合は、歩行器を使ったり、途中で休憩をはさんだりしながら、ゆっくり歩きます。
頑張りすぎて疲れるより、「まだ余裕があるな」と感じるくらいで十分です。無理なく続けることを目指しましょう。
「歩ける」ことが、在宅介護を支える

歩くことは、脳への効果だけでなく、毎日の暮らしそのものを支えています。歩ける力を保つことは、本人の自立にも、家族の介護負担にも直結します。
日常生活は「歩く」ことで成り立っている
食事をするには食卓まで、排せつにはトイレまで、入浴には浴室まで。高齢者の自立した生活は、どれも「歩いて移動する」ことで成り立っています。
トイレまで歩ければ、介護の負担は大きく変わる
トイレまで歩けなくなると、ベッドの横にポータブルトイレを置いたり、おむつを使ったりすることになり、そのたびに介助が必要になります。
歩けるかどうかで、家族の負担は大きく変わります。本人にとっても、自分でできることや行動範囲が保たれ、活動的な生活を続けることにつながります。
「年だから」と、歩くことを諦めない
高齢になると、「年だからしょうがない」と歩くことを諦めてしまうことがあります。しかし、歩けなくなる原因は年齢そのものではなく、歩く機会が減ることにある場合も少なくありません。
歩く力は、年齢に関係なく取り戻せる可能性があります。デイサービスや訪問リハビリなどの介護保険サービスも活用しながら、歩く機会を作っていきましょう。外に出たがる気持ちに付き添う散歩も、歩く力を保つための大切な時間になります。
転倒のリスクを避けるための準備

安全なウォーキング(散歩)を続けるためには、準備が必要です。
水分をとって、意識をはっきりさせておく
体内の水分が足りないと、意識がぼんやりした状態になり、つまずきやふらつきによる転倒の危険が高まります。高齢者に必要な水分量の目安は、1日1,500ml以上です。散歩の前後にも飲み物をすすめ、必要な量を毎日とる中で歩きましょう。
熱っぽい、顔色が悪い、いつもよりぼんやりしているなど、普段と様子が違う日は無理をせず、散歩を休みます。
安全な靴を履く
靴底に滑りにくい凹凸があり、足のサイズに合った靴を選びましょう。靴が緩いと足首が安定せず、地面を後ろに蹴り出す力も弱まります。
かかとがしっかり包まれていること、面ファスナーなどで甲の締め具合を調整できることもポイントです。つま先が少し反り上がった形の靴は、つまずきにくくなります。
時間帯と道を選ぶ
散歩は、明るく見通しのよい時間帯に出かけましょう。夏は日差しの強い昼間を避けて朝や夕方の涼しい時間に、冬は冷え込む朝晩を避けて日中に歩くのがおすすめです。夕方に出かけるときは、暗くなる前に戻れるようにします。
コースは、段差や坂が少なく、途中で座って休めるベンチなどがある道を選びます。長い距離に不安があれば、座面のついた「座れる歩行器(歩行車)」を使うと、疲れたときにすぐ休めて安心です。
歩行車は介護保険でレンタルできるので、使いたいときはケアマネジャーに相談してみてください。
よくある質問
無理に止めるより、家族が付き添って一緒に歩くのがおすすめです。ひとりで出かけると、道に迷ったり転んだりする危険があります。付き添えない時間帯が多い場合は、デイサービスなどで日中に体を動かす機会を作れないか、ケアマネジャーに相談しましょう。
歩くことで、記憶に関わる海馬などの脳の血流が増えることが、研究で確かめられています。外を歩く散歩は、景色や音、季節の変化など五感への刺激も多く、気持ちが落ち着くきっかけになります。適度に体が疲れることで、夜眠りやすくなることもあります。
1日2km程度、ゆっくり歩いて30〜40分ほどが目安です。最初から目指す必要はなく、家の周りを10分歩くことから始めましょう。厚生労働省のガイドでは、高齢者に1日約6,000歩以上の身体活動をすすめていますが、家事などの動きも含めた量です。
出たがる時間帯が決まっているなら、その少し前に一緒に散歩する時間を作ってみましょう。あわせて、日中の水分が足りているか、便秘がないかも見直します。理由を問い詰めるより、混乱そのものを落ち着かせるケアを優先することが大切です。
無理に連れ出す必要はありません。「ポストまで手紙を出しに行きましょう」「花を見に行きませんか」など、短い距離で目的のある外出から誘ってみましょう。体調が悪そうな日は休み、家の中で歩く時間を増やすだけでも十分です。
近所を探しても見つからないときは、ためらわずにすぐ警察へ連絡してください。日ごろから、名前と連絡先を書いたものを身につけておく、最近の写真を用意しておくと、探すときに役立ちます。自治体の見守りネットワークへの事前登録も検討しましょう。
まとめ
認知症の方が外に出たがるときは、無理に止めたり理由を問い詰めたりせず、「一緒に行きましょう」と散歩に変えてみましょう。出かける前に飲み物をすすめる、いつものコースを決めておく、自然な帰るきっかけを用意するなど、少しの工夫で付き添いやすくなります。
歩くことは、脳の血流を増やし、五感に心地よい刺激を与えるだけでなく、トイレまで歩く力など、暮らしを支える力を保つことにもつながります。目安は1日2km程度ですが、まずは家の周りを10分歩くことから始めましょう。
散歩をしても落ち着かない日が続くときは、水分・食事・排便・運動の基本のケアを見直してみてください。それでも続くときは、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談しましょう。家族だけで抱え込まず、介護保険サービスも活用しながら、無理のない形で歩く時間を続けていきましょう。




